夢であればいいと思った

ひと仕事終えて、休憩するために職場の自販機で缶コーヒーを買う。ゴトンと落ちたその衝撃がかなりのものだったので、一瞬ボタンを押し間違えたかと思ったら床全体が揺れていた。実際、想像できるレベルの揺れだと予想していたんだと思う。最初は笑顔だった周りの人たちが、二度目の強い揺れで慌てて床にしゃがみだしたのが印象に残っている。「立っていられないほどの揺れ」を体験したのは初めてだった。
棚の中の物が落ちてきて散乱したり、エレベーターが止まったりといろいろあったけど、とりあえずケガをした人がいなかったのが何よりだった。その後、帰宅してもOKということになったけど、交通機関は当然マヒしているし、会社から家まで歩いてどのくらいかかるか想像できないので、とりあえず会社で待機することにした。上司に許可をもらって実家に電話。すんなりとつながって、向こうの様子を聞いてからこちらの無事を知らせる。このあたりでようやく気分が少し落ち着いた。
後輩連中がコンビニに買出しに行ったところ、パンやおにぎりはもちろんカップラーメンといったものまで、食料品はほぼなくなっていたらしかった。周辺の飲食店もほぼ満員。近所のまずいと評判の食堂にまで行列ができていたようで、ここ数年でいちばんの繁盛じゃないか、とみんなで少し笑った。
最悪の場合、会社に泊まることも考えていたけど、夜中になってどうにか電車が動き出したと聞いて急いで駅に向かった。家にたどり着いたのは午前一時。思ったより部屋の中は乱れてなくて、気になっていた観葉植物の鉢もちょっと移動していただけだったので拍子抜けしてしまった。なんだか今まで見てきたこと、聞いてきた情報とギャップがありすぎて、現実じゃないような気がしてならなかった。だけど体はぐったり疲れていたので、止まっていたガスの元栓を開け、風呂に浸かってすぐ布団に入った。自分の部屋に変わりがないことが少しありがたかった。ついでに今日のことが夢であればいいとも思った。